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Profile

ピアニスト、作編曲家。

1999年~2011年まで3つのバンドでリーダーとして活動。
Single2作品、Album3作品の他、多数の楽曲提供、アレンジ作品を全国発売し、述べ800本以上のLIVE経験を積む。

現在は作編曲家としての活動の他、ラジオパーソナリティやイベンターとしても活動している。

ネコ好きでフェレット♀と暮らす。

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2010 - 2011

2010年5月15日にEATERの1st Album[EMERALD]を全国発売。


同日川口SHOCK ONにてワンマンライブを開催する。


Radio番組やインストアライブも含めた精力的な活動を展開し8月にはTBSの[Music Birth]に出演。

その後も様々なLIVEやフェスで活動するも2011年3月11日に解散。
偶然でも解散の日が東日本大震災の当日だったため解散発表を収録したRadio番組が流れず後日再放送された。

EATER解散直前からAcoustic Unitとして不定期にLIVE出演していたHAROLDとしてRadio番組を引き継ぎ、都内の生ピアノのあるコンサート会場を中心にLIVE活動。



この頃からHAROLDと同時にPiano Soloのコンサートも開催しており、SoloのInstrumental楽曲のRecordingも本格的に開始。

Recording, Arrange, LIVE Supportではミヤギマモル、小林なりよし、モリモトナオユキの活動に参加。

発売されている作品はWorksを参照。

2015-01-13 22:36:09投稿者 : t,takemoto

2008 - 2009

2008年、年末から募集を始めたボーカルオーディションに約120通の反響があり、埼玉県鴻巣市のコミュニティーFM[フラワーラジオ]で放送されていたレギュラー番組[onPのUltimate Music]を新バンドで引き継ぎ、バンド活動を続行する事を決定。



2月8日にfeelings on piano活動休止となるLIVEを赤坂にて開催し、3月3日[フラワーラジオ]で放送された[morning Star](月2回放送)から[EATER]として出演、同時に夜の2時間番組[Music EATER]の放送を開始し、活動開始と同時に月3番組を持つ事となる。



6月よりLIVE HOUSE、野外イベント、インストアライブなどで精力的に活動し、イベントではex,BOOWYの高橋まこと氏とBOOWY楽曲をコラボ演奏するなど様々な経験をし人気を博す。



個人では東京都内の駒込学園学園歌のアレンジを手掛け、demo盤を製作、72トラックに及ぶオーケストラ、ブラスバンドのアレンジを手掛ける。



 ミヤギマモル氏が夏川りみさんに提供した楽曲[愛のチカラ]のセルフカバーアレンジを担当。※ALBUM[琉球休歌]に収録。



Recording参加としてはUn-sight coloursのColumbia Records itunes配信楽曲[My Music][This Morning ][キタカゼ][冬花火][Weeks]にそれぞれPiano、Keyboardで参加しており、LIVEにもPianoで参加している。



2009年、EATERとしては学園祭などイベントも含む精力的なLIVE活動を展開、2010年に1st ALBUMの全国発売を決定しRecordingも行っていた。
活動の中でGuitaristを募集する中でHAROLDのRyoとも出会っている。





個人ではミヤギマモル氏が千昌夫さんに提供した楽曲[八重山]のセルフカバーアレンジを担当。※ALBUM[琉球休歌]に収録。
また、hizukiさんのALBUM [耳薬 -mimigusui-] の中で[魂のウタ][ココロの華][See you again][ありがとう]の編曲、全編Recordingの他、ALBUM全曲のマスタリングも行っている。



[魂のウタ]は 「魂のウタ~荒木栄の歌が聞こえる~ 監督 : 港健二郎監督 ※日本映画復興会議奨励賞受賞」の主題歌となり、ANA国際線の機内など様々な場所で放送される。

この頃ハワイ、アジアンをはじめとするイベントや大道芸、子供向けのショーのプロデュースなど複数の企画業務も年間を通して行っていた。

2012-04-03 23:53:15投稿者 : t,takemoto

2006 - 2007

2006年、Ray`s in(J-Disk Being)からデビューした「井上真希」の作詞作編曲を務める。



feelings on pianoでは2005年~更に加速してLIVE活動を展開する中で、地上波のTVドキュメンタリー番組取材が入る事となり、この後1年以上に渡り私生活から活動までをカメラに追われる。
しかし、番組としては製作会社とTV局の問題から放映されなかった。



この他、埼玉県川口市では駅前キャスティヴィジョンCM撮影LIVEなどが行われ、楽曲などがヴィジョン放映。



8月にはRecordingが長引いていた1st ALBUMの先行発売としてシングル [欠片-kakera-] を全国発売、インストアライブなどを多数開催。



2007年1月には製作に3年以上を費やしたALBUM[SOARER]を全国発売。
発売時にはゆかりのArtistを集め、川口リリアにてLIVEを開催、夏には[feelings on BEER]と銘打って川口BARアソシエーションとホールにてビールパーティーLIVEを開催。





ALBUMプロモーションで出演した埼玉県鴻巣市のコミュニティーFM[フラワーラジオ]ではレギュラー番組[onPのUltimate Music]を放送開始する。

この他、プロモーション活動では全国30局以上の放送局で楽曲放送やゲスト出演を行った。





この頃Vocalの体調不良により一時LIVE活動休止を余儀なくされ、下半期にTV埼玉の番組収録やLIVE活動を復活するも2008年2月を持ってfeelings on pianoを無期限活動休止(事実上解散)することが決定する。

解散を決定したのは正月で、メンバーと電話で話した結果すぐに別のBANDを始動できないかという話になり、オーディション開催を決定。

個人ではこの年、国仲涼子さんや夏川りみさんへの楽曲提供で知られる沖縄のアーティスト[ミヤギマモル]氏のArrangerとしても活動。
明治大学名誉教授[百瀬恵夫]さん監修の[メンソーレ美ら島]の3楽曲、メンソーレ美ら島, 翔たけ沖縄, 泡盛讃歌のArrange, Recordingを担当。



10月には個人名義としては初のピアノソロコンサートを昭島モリタウン光の広場にて開催。

また、キリスト教会関係者率いるYBB(Yamaguchi Brothers Band)にPianoサポート参加、学校や教会、様々な場所でLIVEを行う。
YBBが発売したCD[平和の歌]にはPianoで参加している。

Columbiaからデビューした[Un-sight colours]のLIVEにもこの頃からPianoサポート参加を始める。

この年、自宅でのメイン機材も入れ替え、MacベースのPro Tools環境に切り替える。
LIVEではDOEPFER LMK4+というMIDIピアノ鍵盤からKURZWEIL ME-1という音源を使用していた。



2012-04-03 23:44:57投稿者 : t,takemoto

2004 - 2005

2004年にはfeelings on pianoとして、TBSデジ屋台にて再び紹介され、[SIBERIA]というバラード楽曲が番組の楽曲ダウンロードランキングで1位を獲得。



TV埼玉不動産新CMに再び抜擢されオリジナルソングを提供、FM葛飾の番組に楽曲提供、有線放送やラジオ番組出演などLIVE活動と並行しメディア出演を多く経験する。



メンバーも常に募集を行い、Guitar、Bass、Drumsと複数のPlayerと活動。





LIVE会場にて自主製作3rdシングル[Acoustic]を発売し、PianoとVocalのみの楽曲が好評を得て1ヵ月で500枚以上を完売。



LIVEは埼玉県内の祭りなどイベントメインステージの他、川崎Club CITTA等のLIVE HOUSEに出演。



この頃、個人ではTBS、フジTVの番組BGM作家としてフリー契約し、2005年までに計40曲の楽曲を日音と契約。
FNN24の天気コーナーなど複数の番組で使用される。

2005年、インディーズレーベルを通じて日本デザイナー学院生徒とのコラボレーション企画にfeelings on pianoとして抜擢され、[戦争]というテーマでコンセプト楽曲を製作。



[Heavens]というタイトルで41分に及ぶ楽曲を製作し、ベトナム戦争をテーマに500枚限定発売、早期に完売する。

LIVEもLIVE HOUSEに留まらず精力的にこなし、路上LIVEとして始めたイベントをさいたまスーパーアリーナ等でPAを立て自主企画イベントとして毎週のように活動する。

この他、様々なショッピングセンターでインストアライブを行い、夏には八王子SOGO屋上ビアガーデンの箱BANDに起用され、毎週土日に演奏。メンバーもダンサーが入るなど様々なステージングを企画し、年間150本に及ぶステージを展開した。





個人ではepocholプレデビューシングル[きれいになりたい]平川達也氏(ex.リンドバーグ)プロデュースのRecordingにKeyboardで参加。



また、アメリカのアーティストがLIVEで使用していたKURZWEILというメーカーのPiano音色に惚れ込み、購入した事をきっかけに当時の日本代理店と繋がり、製作する全楽曲に同社の音を使用していたことから、feelings on pianoをホームページで紹介される他、新製品などを様々な形で使用させてもらう。



今もDigital Piano、Synthesizerとして使用しているK2600Xはこの年から使用し始めた。

この頃、自主企画イベントを行っていた事などから企画会社と繋がり、イベントのショーステージに関わるようになる。

関東から大阪まで、百貨店、ショッピングセンターなどで開催される多数のイベントをプロデュースした。


2012-04-03 23:29:27投稿者 : t,takemoto

2002 - 2003

2002年、Guitaristの脱退から[KING -Last century Rose-]が6月9日池袋CyberのLIVEで解散。解散直後に以前知り合ったTV番組ディレクターから「ドラマロケで使用したBARでLIVEが出来そうだったのでブッキングしておいた」と無茶振りな電話をもらい、すでにBANDが解散しているので無理とは言えず、作曲家として製作していた女性Vocal楽曲を元に2ヵ月でメンバーを集め自主製作CDも製作。



ユニット名は当時制作していたインスト楽曲から[feelings on piano]となる。



BARでピアノを弾いていたこともあり、初LIVE(2002年10月19日西麻布)から動員70名以上、その後自主製作のCD-Rは3ヵ月で1,000枚を完売。

TV埼玉の不動産CMにタイアップされ、TV埼玉、ケーブルTV、ラジオなど、メディア出演を経験する。



LIVE HOUSEの他、祭りのステージやインストアライブなど様々な場所に出演。



2003年7月、TBS深夜番組デジ屋台の一曲入魂というコーナーで取り上げられ、同番組のエンディングテーマを1ヵ月務める。



レーベル数社からCD発売の話をいただくが自主製作することを決意。
撮影、デザイン、プレス、ポスター制作などを初めて行い、2003年9月に初の全国発売となるシングル[素顔のままで]発売。



有線放送、着うた配信の他、埼玉ではTV出演、ラジオ出演、地元新聞に掲載など好評を得る。
自主レーベルからの発売だったため、上記のプロモーションや契約など、すべてを個人で行った。

LIVEでは川口市の花火大会「たたら祭り」メインステージもこの時期に出演し、以後2010年のEATER出演まで毎年出演を果たしている。



2012-04-03 23:01:09投稿者 : t,takemoto

1999 - 2001

Pan School of Musicに入学。Pianoを椎名豊氏、Guitarを岡村誠史氏、大谷令文氏と強力な講師陣に学びつつ、友人の影響からJazz FusionやInstrumental楽曲、Rockに関してはProgressive Rockに影響を受ける。

在学中に勢いで始まった[KING -Last century Rose-]ではPianoの低音を強調する独自の双方を編み出し、BassistなしでHARD Rock~METALを表現。



目黒LIVE Station, 池袋Cyber, 新宿Antiknockなどで激しいLIVEを展開。



デモテープをメジャーレコード会社に直接持ち込むなど、勢いで様々な活動を試みる中で、偶然TV取材を行っていたスタッフに声を掛けられ、メジャーレーベルプロデューサーを紹介されるなど偶然が生んだ多くの出会いも経験する。

中でもメンバーで働いていた居酒屋の上階が偶然当時バラエティーTV番組に出演をしている探偵の事務所だった事から後援会長になってもらい、TV番組の打ち上げに参加するなど様々な業界との繋がりも生まれる。この頃、BANDとは別に女性Vocal楽曲を作っていたため、知人の紹介で仮歌を録ってもらったのが2002年~のfeelings on pianoとなる。

この頃、初の渡米(Newyork)も経験、行きの機内で友人とWill Leeの音源を聞いていたところ、着いたそうそう立ち寄った楽器屋で本人に会ってしまう嬉しいハプニングもあった。

2001年~東京から埼玉県川口市に移住し、月に1度のSession LIVEを行っていたBARでPianistとして働き連日LIVEを行う。



この頃、作曲にはKORG TRINITY V3 ProXを使用し、内臓のSequencerで楽曲の構成やArrangeを組み立てていた。


2012-04-03 22:49:43投稿者 : t,takemoto

1993 - 1998

小学校時代に原点となるピアノを習い始めるも、好きなゲームやアニメ音楽を耳コピーする事ばかりで結局辞めてしまう。

中学校1年で空前のバンドブーム、憧れのエレキギターを誰も持っていなかったため音楽室にあったドラムセット、ピアノ、ボーカルでコピーバンドが始まる。

昼休みにLIVEをすると問題になるほど生徒が集まり、バンドを始める大きなきっかけとなる。

この頃人生初の宅録を経験。

2台のカセットレコーダーを使い、1台にピアノを録音し、それを再生しながらもう1台に重ね録りをし、感動を覚える。

高校入学前の春休みに人生初のバイトを経験し、念願のエレキギターに触れる。

高校時代はバンドとバイトに明け暮れ、中学以降ゲームも全くやらず、学校とバイト以外は公民館スタジオとメンバー宅の行き来だった。

LIVEもこの頃経験し、高校生だったためか、客入りも全く苦労せずバンドで上京することを早々に決意していた。

宅録では人生初のTASCAM 4チャンネルMTRを購入。

ピアノ、ギター以外に打ち込みやベースもこの頃から覚え、楽曲製作に没頭した。


2012-04-03 22:45:25投稿者 : t,takemoto
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